つまるところ、『それ』は何なのか。



一見すると、ミミズや蛭を巨大化させたような、細長の身を基本形とした無脊椎質で、
脚や尾に該当する部分は地中もしくは茂みや木傘に隠れて見えない。


色形長さ太さはまちまちで、腹に虫の卵のような無数の突起を持つものから
甲虫のように固い表皮と柔い腹を持つもの。
先端から眼球のようなものを飛び出させているものや
人間の口に良く似た唇、歯茎、歯列を持つもの。
或いは植物の枝や蔦がそのまま『肉』になったようなものまで多種多様に存在している。


数は森の中で数える木の枝ほどに無数で、
それぞれが個別に複雑な動きを見せていることから、
相当な数の本体が存在しているのか、さもなくば、この数全てを認識して作動できるような、よほど複雑高度な運動能力を持った単体なのか……。

取り分け、後者とするならばそれは常識を超えた生物……『領域の主』に相当する存在となる。


が、正確に言うのならば、
『それ』は前者のような、後者のような存在であり、

主ではないが、それと同等、或いは必要に応じてそれ以上のものとなる不定変態性の存在で、

実の所、植物でも動物でもない。


形を持たないエーテルやマナ、霊素霊体、思念、宇宙意思、波動、魔力、毒電波、

通常そういったものはカオス(ぐちゃ混ぜ)になってなんらの作用も無く空気中を漂っているのだが、
例えば魔法を使う際にマナを体内へ集めて凝縮し、地水火風、なんらかの実体を結ばせるように

マナだけを選び取らず、大気中に散りばめられたあらゆる霊的粒子を凝縮して受肉させたもの。

それこそが、『それ』の実態であった。


差し詰め、カオスの凝縮体。


その凝縮体から伸びた…触手。


文明発達が未だ古代文明と呼ばれるロストテクノロジーを下回っている程度のこの世界では誰一人として知る由も無いが、
先に挙げた霊的粒子、カオスの構成要素の数々は
異次元異世界異時空の全てに存在しているような存在していないようなあいまいな状態を取っていて、
その内いくつかの世界では限りなく『在る』に近い存在を得ているものである。

それらには形が無く、確かに『在る』という前提に基づいた作用を見せつつも
尚存在を捉える事ができないため、
何処にでも在って、何処にも無い。

そのため、非物的量子の数々は、或る瞬間には或る世界の或る時間軸・地点に存在していたかと思えば、
次の瞬間にはまったく別の世界の、別の時間軸・別の地点に存在することさえ可能である。

取り分け理解し易い例を取るならば、思念だろうか。

それは例えば日常生活を送る一人間のものを基準とするならば、
普段はその人間の脳を中心とする範囲、或いは意識を向けた先に存在しているが、
例えばその人間が本や劇の観賞によって、絵空事の別世界へ意識を向ける時間があったとする。

その時、思念は『その世界』ではなく、二次元、紙面上、劇の内容上、絵空事の、下位次元異世界異時間異地点に入り込み、
『そこ』に存在していることとなる。


例えば、より上位の次元から、より進んだ文明の下で、下位次元にあたるこの世界を見下ろす、或いは改変、操作、創生さえ可能な世界から、『現在まさにこの世界へと思念が向けられている』ように――


ことさら数多――それも特定色の思念を密集させ易い造りになっているらしい『この世界』――否、リースという、強く、弱く、美しい少女は――どうしようもなく、強く無限に、カオスの触手を引き寄せてしまうのだった。


有体に言うのならば、『それら』の大部分を占めているものは、
上位の世界から押し寄せてきた、『性欲思念』である。


それらが密集し、この世界に多く満ちる受肉性に優れた霊的粒子――マナと結びついて実態化能力を獲得、
マナを象徴とする『樹木』を拠り所として寄生・変態し
『性欲思念』の在り方を体現せしめたものこそが、
まさしく『それ(it)』――触手という、凌辱欲求の顕現体のような、正体不明の正体である。


『それ』はなんなのか、

『それ』は凌辱のために生み出された幻想のモンスターである。

『それ』は無貌の神ほどに無数の姿と名と定義を持っている。

『それ』はどの世界にも沸き出し、ひたすらに凌辱を行う。



『それ』は願望によって生まれ、手の届かぬ世界へと手を伸ばし、幾人もの願望を成就させる。

ゆえに『それ』は『手』


『それ』の名は『触手』


カオスより膿み出でて、
この世界に取り付いてマナを腐らせた、神をも超越する力を有する、無限、無敵の存在(バグ)である。




『そういう存在』に、リースは取り囲まれていた。




そこは既に、『入ってはいけない領域』だったのだ……。






   

 

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